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萩城下町 夏みかんの花 (山口県) 会報誌No.41掲載(個人会員:枡田久美子)
5月の萩は夏みかんの花の香りが街中に漂います。その花の香りを求めて、バスガイド経験があり、萩が好きなアロマテラピーアドバイザーの田原奈津子さんの案内で萩を訪ねてみました。
萩市は山口県の日本海側に位置し、私の住む瀬戸内側の宇部市から車で1時間半ほどの距離です。皆さんは山口県の県道のガードレールが夏みかん色なのをご存じですか。昭和38年の山口国体開催に県の特色を出そうと、通常白いガードレールを夏みかん色にしたそうです。国内でも珍しい色のガードレールを見ながら、萩へ向かいました。

萩といえば毛利36万石の城下町です。明治維新ゆかりの地という面ももち合わせています。城下町の面影を残す、なまこ壁の土塀や黒板塀が今も多く残っていて、塀の向こうにある夏みかんの花は風が吹くたびにネロリ油と同じ香りを漂わせます。

萩は日本最初の夏みかんの栽培地です。栽培が盛んになるきっかけは、士族救済のためでした。萩は城下町として繁栄していましたが、幕末の政治事情から藩主は萩から山口に移り、藩に依存していた萩の町は経済的に大打撃を受けました。そこで対策として、明治9年に夏みかんを栽培することになりました。翌年1万本の苗木を侍屋敷の跡地に植え、10年後には街中が夏みかんでいっぱいになったといわれています。その頃から全国各地へ夏みかんの出荷が始まりました。

当初、夏みかんは「ダイダイ」と呼ばれていましたが、出荷先の大阪では「ダイダイを食うとヨイヨイ(中風症)になる」といって嫌うので、「夏みかん」と呼んだほうがよいだろうという大阪の問屋の助言により「夏みかん」と呼ばれるようになったそうです。

萩に伝えられた夏みかんの原樹は山口県長門市青海島にあり、その木は国の天然記念物に指定されています。今回いろいろと散策した中で、最も夏みかんの花の香りを楽しめた場所は「かんきつ公園」です。こちらには夏みかんのほかにもいろいろな柑橘系の花が咲いていました。公園の近くには「鍵曲」という鍵のように曲がった通路があります。戦のとき、見通しを悪くして防御するための道でした。このように萩は歴史を感じる所がたくさんあります。市内には松陰神社があり、神社の敷地内には幕末に吉田松陰が主宰した松下村塾が保存されています。松陰は身分の区別なく多くの若者を指導しました。ここから幕末維新期に活躍し、近代日本の原動力となった数多くの逸材が輩出されたことは皆さんのご承知の通りです。吉田松陰を祭神とする松陰神社は「学問の神様」として奉られているので、私たちもアロマテラピーの勉学向上の祈願をお願いしました。

萩の自然や城下町を水上から楽しめる萩八景遊覧船にも乗りました。川幅の広い橋本川を船頭さんの解説つきで40分ほど下ります。夏みかんの花の香りが風向きによっては船まで漂ってきました。

萩でもうひとつ有名なのが萩焼です。その起源は400年前までさかのぼります。大きな特徴は高台の輪の一部を欠き取った切り高台です。この切り高台の理由についていくつかの説があります。最もよく聞く説は、器などは毛利藩の御用窯として作成されて通常の販売が禁じられたため、一般に販売できるように故意に高台を切ってキズ物として販売したというものです。萩焼の専門店は市内にたくさんあり、中には体験教室もありますので、来萩した際には体験してみてはいかがでしょうか。

獅子文六の「白い壁のある町、萩」の一節に、「私は萩の古さと白壁、城下町を求めて訪ねてきたのだが、海と山と川の姿がこんなにも美しいとは意外だった」とあります。このように萩は歴史と自然が同時に楽しめる観光地です。2005年4月には、はぎ温泉が開湯し、観光地としての魅力をさらに増した城下町です。
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