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石見畳ヶ浦磯のかおり(島根県)
日本海に沿った国道9号線を車でしばらく走ると、小さな漁港が見えてきました。船着場に無造作に置かれた褐色の網やトロ箱、波止場を囲むように並んだ船が休日ののどかな陽を浴びて、民宿の軒先に揺れる干物やイカの香ばしいかおりが鼻をくすぐります。

ここは、「石見畳ヶ浦」。島根県西部の漁業都市浜田の北、唐鐘海岸にあります。この浦の大部分を占める隆起海床は、1872年の浜田大地震によって海底から約1.5m浮かび上がったもので、約1600万年前から形成された海底の様子を地上に再現させています。

約4.9haにも及ぶ平坦な隆起海床には、縦横に小さな亀裂が規則正しく走り、畳を敷き詰めたように見えることから千畳敷と呼ばれるようになりました。そこには貝化石、鯨骨や流木片などの化石を核にした珍しい球塊(ノジュール)が風化や水蝕に耐えてたくさん残っています。また、荒波によって浸食された海食崖が衝立のように並び、その高さは約25mにも達します。砂岩、礫岩などで構成された地層がむき出しになり、いくつもの断層もはっきり目にすることができます。

1932年、国から天然記念物にも指定され、地質学、自然科学の学術的研究の場所としてはもちろん、スケールの大きい景観も人気のスポットです。千畳敷へ出るには畳ヶ浦隧道と呼ばれるトンネルを通ります。トンネルの中は、今日の熱暑をしばし忘れてしまうほど、ひんやりとして靴音だけが響きます。実は地元では心霊スポットとの流説があり、幼い頃聞いた怖い話がふっと頭をよぎって、思わず後ろを振り返ってしまいました。コンクリートのトンネルをしばらく歩き、波の音が大きくなったと思うと広い洞窟に出ました。日本海の荒波に浸食されてできた「賽の洞窟」です。約50体の水子地蔵がたたずむ薄暗い洞窟の奥には砂利が敷かれ、それがところどころうず高く積まれており、想像していた賽の河原と重なります。また、水子地蔵に囲まれるようにして観音様を祭った小さな祠が鎮座しています。海底を隆起させ岩をも砕く自然の力を見せつけられたこの場所で、漁民たちは海上安全を祈ったのでしょう。

賽の洞窟を抜け、いよいよ千畳敷です。潮風が一気に身体中を吹き抜けると同時に、目に飛び込んできた景色はまさに圧巻でした。雲ひとつない夏の空、どこまでも続く水平線、一面に広がる千畳敷は、一体となり見事なまでの異空間をつくり出し、すぐ後ろには何層にも重なる地層の崖が迫って、よじれ削られた岩壁にはるかなる時の流れと大自然の驚異を実感します。千畳敷に走る亀裂に目をやると、いくつもの化石がかわいらしく顔を出しています。巻貝や二枚貝は素人の私にも次々と発見でき、夢中で数えて歩きました。当時の海底環境や生物の様子、また、地殻変動やマグマ活動も断層や岩脈として直接観察でき、まさに「天然の博物館」というにふさわしい場所です。

つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なる  海石にぞ 深海松生ふる 荒磯にぞ
  玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し児を…

万葉集の中にある柿本人麻呂が詠んだ歌の一節です。諸説ありますが斉藤茂吉は畳ヶ浦の情景を詠んだものとしています。石見地方ではその日の風向きで町なかにも潮の香りが運ばれてくることがありますが、実際に千畳敷を訪れてみると、その何倍も凝縮された磯の香りに包まれるのです。この場所に立つと、どこか懐かしく心やすらぐ思いがするのは、日本海の大海原から吹き渡るこの磯の香りが、これまでの思い出や記憶を頭で思い起こすよりも早く、心に感じよみがえらせる不思議な力を秘めているからではないかと思いました。
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