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| 藤木 由美子 ふじき・ゆみこ
AEAJアロマテラピーインストラクター。日本リフレクソロジー協会認定リフレクソロジストおよびITEC認定ホリスティック・セラピスト。シンガポールでは、リフレクソロジスト、セールスコンサルタントとして業界に従事。 |
| 先日、テキサス・ヘルス・デパートメント認定のテキサス・マッサージ・インスティシュというマッサージ専門学校で、アメリカのマッサージ史について聴講しました。その内容は、ヨーロッパやアジアのものとは大きく異なり、アメリカの現代史を背景に国内の政治、経済の影響を強く受けている印象があります。今回は、アメリカ合衆国という国の文化を知るのにも有効なアメリカのマッサージの歴史を皆さまにご紹介します。 |
| まずは、いまだに多くのアメリカ人が、現代マッサージについて、独自のユニークな解釈をしているとのことです。その典型的な3例をあげてみることにします。 |
| 1.1960年代のアメリカ・カリフォルニアが現代マッサージの発祥の地であり、マッサージは科学的根拠に基づいたものである。 2.マッサージについて書かれた歴史的書物はごくわずかで、その大半が根拠のない逸話である。 3.西洋医学において、マッサージ・セラピーとは常に異端なものである。 |
| なぜ、アメリカ人がマッサージについてこのような解釈をするようになったのでしょうか。そのルーツを紐解くために19世紀から現代に至るまでのアメリカのマッサージの歴史を覗いてみたいと思います。 |
| 事の始まりは、1894年のマッサージ・スキャンダルでした。この事件により、アメリカのマッサージ・セラピーの名声は、大きく傷つくこととなりました。それは、質の悪いマッサージ専門学校で教育を受けた貧しい女性たちが、卒業後、セラピストとして職に就くことができず、教育費の返済のためマッサージ・セラピーと偽った売春を強要させられていたことが公に暴露されたものです。この事件をきっかけに、売春という行為そのものと、その未熟で一貫性のないマッサージ技術から、マッサージとは、売春に関与するあやしげなものという評価が下され、それ以降、マッサージ・セラピーはアメリカ国内での職業としての信頼性を失ってしまいました。 |
| 20世紀の初めに北ヨーロッパから多くの移民がアメリカ大陸に渡ってくると、マッサージの恩恵を周知する北ヨーロッパの移民により、マッサージは肯定的な立場を取り戻しました。そして、第一次世界大戦後は、医療の一環として、リハビリテーションの分野に需要を広げ、多くの女性がマッサージの専門家としてトレーニングを積み医療の現場に従事しました。その背景には、北ヨーロッパからの移民のマッサージ技術提供という貢献もありました。また、マッサージに科学的根拠を求める医学研究員らによって、マッサージは、代替治療のひとつとして徐々に認められるようになってきました。 |
| しかし、前向きな状況はそう長くは続かず、第二次世界大戦中と1960年以前においては、いくつかの国内の政治的、経済発展の要因により、マッサージ・セラピーは再び大きく低迷するようになります。まずは、北ヨーロッパからの移民が途絶えてきたことで、その影響力が衰え始めてきたことです。そして、国内の第二次世界大戦における反ドイツ感情の昂揚により、異文化に対する国民の意識は恐れに変わりました。そこで、ヨーロッパ文化の影響を強く受け継いだマッサージは、アメリカ人にとって好ましくないものとされ、迫害されるようになりました。また、戦後のアメリカの現代医学の目覚しい発展と、国内のヘルス・ケアの大きな組織編成にも伴い、国民の多くが現代医学に大きく傾倒するようになりました。アメリカの現代医学が黄金期を迎え、世論に多大な影響力と支配力をもつようになると、現代医学に望ましくないと思われる異端的な医療研究や話題を扱う出版物はことごとく排除されるようになりました。そして、現代医学に傾倒するがゆえ、マッサージをはじめとするタッチを用いた伝統的な治療法が医療の現場から徐々に消えていくようになったのです。 |
| その後、1960年に起こったヒューマニズムの思想の波は、アメリカの現代医学に影響も及ぼしました。時を同じく、人々は現代医学は理想の万能薬ではないということ、現代医学の奨励する一般薬だけに依存することの危険性について危惧を抱き始めます。そこで、一般薬に替わってストレスや痛みをコントロールする代替治療に大衆の興味が移り、医学研究員らは、代替治療としてのマッサージ・セラピーを再び奨励するようになりました。また、フィジカル・フィットネス産業の需要の伸びとともに、エクササイズに共通する有効性として、マッサージが注目されるようになります。この時期、カイロプラクティスは、代替治療としてアメリカでの地位を完全なものとし、その後マッサージ・セラピーの名声を取り戻すのに大きく貢献するのでした。 |
| 1960年以降になると、東洋的思想がアメリカ国内に大きな影響を与え、東洋医学が人々の間で広がりました。さらに、医療の最先端をゆく精神病医学が、身体・心・感情の係わりを体系化した医学理論を初めて世間に公表しました。これをきっかけに、ホリスティックの思想が徐々に国内に広まり、ホリスティックの概念は、アメリカ医療のメイン・ストリームに容認され、現在もその認識を日々高めています。そして、21世紀現在においては、アメリカとは異なり、歴史的な背景に拒まれることなく長年人々の間で継承され、医療とも深い関わりをもち成長してきたヨーロッパ、アジアのマッサージ・セラピーが、ホリスティックの観念とともに人々の関心と興味を集めています。 |
| アメリカという国で今日の名声を築くに至るまで、マッサージ・セラピーは、このような波乱万丈の道のりをたどってきました。その歴史の影響を受けて、冒頭にあげたように、現在でも多くのアメリカ人が、マッサージについて誤った解釈や偏見を根強くもっています。さらに、歴史と関連してあげられるアメリカのマッサージ・テラピーの大きな特徴は、クリニカル・アプローチです。それは、ホリスティックという思想が、アメリカでは比較的新しいものであり、マッサージについて常に科学的根拠を求めたアメリカの現代医学と医学研究者たちの歴史の影響からかもしれません。1992年に公布されたテキサス州のマッサージの定義は、ソフト・ティッシュ、関節のマニピュレーション(触診)とされており、クリニカルな概念での健康促進を定義しています。これはテキサス州だけに限られたものではないようです。そして、アメリカ合衆国という国は、自由を象徴しているかのようで実はとても閉鎖的で保守的な国家であることが、このマッサージの歴史からよくわかります。 |
| 最後に蛇足ですが、前回ご紹介したテキサス州の定める300時間という教育カリキュラムは、アメリカ国内で最も緩いもののようです。ほとんどの州が平均500〜700時間の修学が義務づけされ、最も厳しいNY州では1,000時間になります(約2年間のフルタイム通学)。CA州は、さらに複雑で州としての法律が定められておらず、地域のカウンティー別で法律が異なります。対極にカンザス、アラスカのように規制のまったくない州もあるのも現実です。詳しくは下記のリンクで問合せできます(注)。 |
| (注) アメリカ合衆国各州のマッサージ・キャリアのリンクが張ってあるサイトです。 米国に移転予定のある方は移転先の資格内容を事前に調べておくことをお勧めします。 http://www.massagetherapy.com/careers/stateboards.php |
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